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第1話 煙る木漏れ日

プロローグ

何かがおかしい。

そう感じたのは学校に着いて早々のことだった。
職員室へ向かう途中、教室へ向かう途中、どこを見渡しても女子が多いのだ。

うらやましい?そう思う人もいるだろう。

残念ながら、高校二年の春にして未だ彼女など出来たこともなく、
作ろうと努力したこともない。
興味が無いのでは決してないが、どうしていいのかわからないのだ。

両親の仕事の都合、といえば一言で終わってしまうが、
保険会社も大変な時代で、転勤も多くなった、といえば少しは我が家の苦労が伝わるだろうか。

…などと、誰に向けてとも言えずに心の声を発している中でさえ、
廊下を進む俺の周りは女子、女子、女子の視線。

「共学化したばかりだからね、女子が多いけど、仲良くやってくれよ?
 あぁ、不純異性交遊は禁止だからな。わかると思うけど。」

春から俺の担任となる中年教諭が呟く。

一瞬の間があった後、不思議なキーワードに気づく。
…ちょっと待て、共学化したばかり?そんなはずはないだろう。

ガラガラと教室のドアと俺の新生活が開かれる。
そして、ざわざわと教室。
オノマトペに溢れている。

「おはよーさーん!みんな席につけよー。
 転校生が来てるからな。ほれ。」

苦手だ、教諭のこの「テキトーに何か挨拶しろ」というフリは。
慣れるものではない。

「えっと…乾颯太(いぬい そうた)です。よろしくお願いします。」

くらいしか言えないよな?

「みんな仲良くやれよー。乾の席は、委員長の隣でいいか?
 わからないことがあったら、委員長の都築(つきぢ)に聞いてくれ。」

高校二年にもなってわからないことといえば、特別教室の場所くらいなものだけどな。
見たところ、中学生のような委員長(つきぢさん、だったか)が、コクリと頷く。

「じゃ、授業日程とかコース選択の紙とか、配るものいろいろあるから…」

こうして、この教室の日常が戻っていく。
はやく溶け込まねばな、と思う。



ホームルームは、当たり前のように恙なく終わる。
ホームルームで事件が起こるほど荒れた高校ではないのだ。

だが、俺にとっては「転校生」という、この先しばらくは続く特殊設定が
平穏を揺るがす。まぁ、仕方のないことだが。

「おおお、男だ!男だぜ!待ちに待った男だぜ!」

この言葉を女子が言えばまだ気持ちはわかるが、俺より少し背の高い男子高校生が発すると、
その手の趣味があるように思える。

「オレ、雨宮(あまみや)、雨宮輝(てる)ってんだ。えーと…」

「乾だ。よろしく。」

…黒板に書いてあるじゃないか、俺の名前。
担任がわざとらしく、まるで芸能人でも招いたかのように得意げに書かれているのだが。
などと、意地悪い突っ込みはしてはいけない。
友人作りは大事だ。

「いやー、女子が多いと思って入ったらさ、一年の時なんか男子が俺だけでさ。
 ホント、心細かったぜ?
 ハーレムとか言う奴もいるけどさ、実際肩身の狭さったらありゃしないのよ。」

聞いてもいないことをベラベラと喋るが、こういうラフに接してくれる人物は貴重だ。
小学生の時にも転校したことがあるが、その時は全員内気なクラスで溶け込むのに苦労した。
今回はラクが出来そうだ。

「…お前も女目当て?」

急にコソコソした話し方になるが、周りにバッチリ聞こえている。

「女目当て?」

「去年共学化したばっかりの高校だぜ?しかも県内ではマイナーだ。
 わざわざ選ぶなんて、ワケありだろ?」

いやらしい笑みを浮かべる輝。
一体何の話だろうか、俺はそんな学校を選んでいない。

「…元々共学の学校だったはずだけど。」

全ての疑問の根源だ。

「…うそ、だろ。お前もしかして、央高(なかこう)と間違えたとか??」

「なかこう?」

ローカルネタにはまだまだついていけないが、とても気になる話題だ。

「県立央商業高校、だっけか。このあたりの地名で、央(なか)ってとこにあるんだけどな。
 ここは、中央商業(ちゅうおうしょうぎょう)。一文字違いなんだよ。」

…事実は小説より奇なり。
"央"と"中央"を間違えたのか?そんなことはあり得るのか
しかもどちらも商業高校とか、設立した人間を問い詰めたい。

「…ようこそ"女の園"へ。」

可哀想なものを見るような目で、輝は俺を見ている。
おそらく俺の口は半開きになっているのだろう。

「うわぁ、面白いねぇ…。そんなことってあるんだ?」

話を聞いていたのは俺の前の席に座る女子だ。
雰囲気から察するに、この子も輝と同じタイプ、いや、それ以上にゆるい感じだ。

「向こうの方が頭イイんだけどなぁ、普通間違えるか?」

先ほどコソコソと話してたはずの内容に割り込まれたはずなのだが、
輝は自然に返答している。
女子と自然に会話ができるだけ、俺より優秀なのかもしれない。

「あ、あたし陽菜(ヒナ)。ヒナって呼んでくれていいから。」

「おー、ついにヒナ嬢にも春が来るのか?来ちゃうのか?」

「ちょっと、やめてよぉ。テルテルはそんなんだから彼女出来ないんだよ!」

ヒナという女子と、テルテルという、可愛らしい呼び名がついている輝は、
仲睦まじく会話しているように見える。
むしろ、こういう夫婦漫才が出来るような人たちが"くっつけば"良いのにな。

…実はもうデキてるとか?いろいろな可能性はあるな。

「…実験室は1階だから。保健室の隣の隣。」

突如、右手から邪魔しない程度の音量で少女ボイスが再生された。
委員長と呼ばれる小柄な子がこちらを向いている。

「あ、ありがとう。」

礼を言うと、コクリ、と頷いて立ち去っていった。

「わからないことがあったら、アヤに聞いてね!あ、あたしでもいいんだけど。」

「アヤ?」

「委員長の、都築絢(つきぢ あや)。小さくてカワイイんだぁ!
 乾くん、小さい子好き?」

危ない質問である。
小柄な子も可愛いとは思うけど。実際どうなんだろう。
どちらにせよ、何を話していいかわからないな。

「俺は、ボンッ、キュッ、ボンッがいいぜ?」

「テルテルには聞いてないよ!」


チャイムが鳴り、一限目から面倒な教室移動だ。
委員長は親切にも教えてくれたが、俺はヒナについていけば良いらしい。
物理を選択しているのだから、彼女は理系が得意なのだろうか。

「乾くん、理系得意なんだ?あたし、間違って選んじゃって。」

学科選択を間違ったとは、どういうことか。
学校ごと間違った俺が言えることではないのだが。

二人と、加えて委員長のおかげで俺はあっという間にココの日常に溶け込むことが出来そうだ。
ただの高校生にドラマチックな何かがあるとは思えないが、
少なくとも俺にとっては、ひとつのドラマがスタートしたことに違いはない。

楽しくなりそうだ。

登場人物

乾 颯太(いぬい そうた)

高校二年の春、両親の仕事の都合で間違って「県立中央商業高校」に転校してしまった。
基本的に真面目で、友人思い。
女子はコミュニケーションの取り方がわからず苦手。

ポイント:黒髪、短髪、中肉中背。目元が優しい。良くも悪くも見た目が普通。

雨宮 輝(あまみや てる)

女子が多いだろうと故意に入学した、いろんな意味で「ピュア」な青年。
明朗、快活、豪快、悪く言えば乱雑である。
実は男子生徒がほとんどおらず寂しかった。成績はかなり危ない。

ポイント:目立たない程度の茶髪。身長は颯太より高い。バスケが得意。笑顔がチャーミー

棗 陽菜(なつめ ひな)

活発で誰とでも仲良くなれる得な性格の持ち主。
全くそうは見えないが、親は地元中堅企業の社長さん。
親の勧めで商業学科に進んだものの、成績は芳しくない。
難しいことや漢字が苦手で、自分の苗字を覚えるのに苦労した。
恋に恋するお年頃。

ポイント:ショートヘア。やや茶色の髪色。

都築 絢(つきぢ あや)

インドアであまり自分から活発に話さないが、独特の感性を持っているため
周囲に人は多い。(本人はあまり周囲を気にしていない。)
成績優秀で、見かけと趣味に依らずスポーツもこなす。
デジタルに強い。学級委員長を(他薦で)任されている。
背が低いのが実はコンプレックス。

ポイント:黒髪ロングで低身長。見た目ロリ。メガネのオンオフがある。

その他キャスト

いろいろな男性
いろいろな女性

全体:制服は灰色のブレザー。男女ともにネクタイ。特徴無し。